描く、描く、描く

 3月に入り暖かい日が多くなりました。朝夕の寒暖差はありますが私のしもやけも治りました。毎年しもやけの有り無しで季節を感じているのが…良いのか?悪いのか?早咲きのさくらが次々と咲き始めています。今は大寒桜やオカメ桜などが見ごろで近所ではミモザも咲いていました。花粉がピークとのことですが私はアレルギーの薬を常用しているからか今年はまったく感じません。


 最近人に絵を教えることの難しさを感じました。元来舌っ足らずで説明は苦手なのですが生徒さん達にちゃんと伝わってほしいと思う心に言葉がついていかないことが多いなぁ〜と考えてしまいます。たとえば、水彩の技法を教えてもそれが上手く伝わったかわからないのです。「紙の白さに光を感じるようにならないと、白い固有色との描き分けができませんよ」と言った所で生徒さん達は光を感じる???って?と頭な上にたくさんの?が浮かんでいます。


 そこで実際に私が描いてみて見せたりして教えるのですが、生徒さん達はじゃあ何色を使えばいいのとかどんな筆遣いをすれば出来るのとか、単純なハウ・ツーに落とし込むことを考えてしまいます。そうじゃなくて、色にしても筆遣いにしてもマルバツでなくてモチーフを描くことで自然にその人が取捨選択していくことだから私のやった通りにやっても感じて描かなければただの塗り絵だから…と言ってもやっぱり「???…」なのです。


 「とりあえずこの色はあってますか?」と言われああ~やっぱり伝わらない…と落ち込んでしまいます。「なんだか哲学ですね」とか「才能ないかしら…」とかおっしゃられるとイヤイヤ私なんて大学入るのに3浪したし、それからだってふらふらしているし、才能なんて存在しないしと頭の中で言っています。生徒さん達はテレビで才能をはかる?番組をすごく観ているそうで「絵が描ける=才能」だと思い込んでいらっしゃるようです。


 私は努力する才能は何にしても大切だと思います。ただ、絵を描くことは才能以上に経験や訓練であるなあと思っています。あと道具や過去の作家の研究、絵を見て学び感じることです。たとえば、まっすぐな細いモスグリーンの線を引きたいと思っても手がそれに合った動かし方や絵の具の選択、水と絵の具の割合、筆にどのくらい絵の具を含ませるか、などなど色々ある要素を組み合わせて一本の線が出来上がります。それは人それぞれにやりやすいやり方があって理想の線を描くために何度となく描いて描いて描いてやり方が取捨選択されるのです。私は私がこうやってこういう線が描けるとは言えますが、それがそのまま他者に当てはまることはまずありません。


 だからこそ絵は面白いし、個人差が出来るのが面白いと思うのです。私は私の思ってもいなかった作品が出来上がるのを観るのが楽しみです。だから間違えなんてないよ、ただ描く手を止めないで考え込む前に手を動かして欲しいと思います。それが絵がうまく?なる一番の近道だから…。