一億総アーティスト?



 私の子供のときは9月1日からが二学期だったので今もそうなんだろうと思っていました。しかし今朝登校している小学生たちを発見し、今日から二学期だということを知りました。「夏はなんで暑いのー!?」「日陰がないよ!」などと話ながら歩いている子供たちを見ているとなんだか大変そうだなあ~と思ってしまいました。まだまだ暑いから夏休みの気分でいたいよねえ~と考えています。



 最近「一億総アーティスト」という言葉が引っ掛かっています。時々聞こえてくる言葉ですが違和感がかなりあります。概要としては皆が機械やAIに出来る仕事から創造性と表現を使った個性的なアーティステックな仕事をしようということのようです。なんだかコメンテーターのせいなのか私の穿った見方のせいなのか?分かりませんがアーティステックなこと=何でもやって良いもの、才能さえあれば努力しないでもよさげ?簡単そう?驚かせたもの勝ち?みたいに聞こえてくるのです。



 歌が好きでカラオケがうまいからといっても歌手にはなれないです。歌手になるには才能や個性はもちろん必要ですが、喉を潰しても作り上げる声、人との付き合いや社会とのつながり、プレッシャーに負けない強い心...たくさんの積み重ねで歌手になるのだと思います。いつも吐きそうなくらいの気持ちでステージにたっている方も多いと聞きます。歌う以外の様々な事を乗り越えていっているのだと思います。



 絵描きもそうだと思います。こと日本で、絵が好きでただ描いていてご飯が食べられるなんてまずありません。よっぽど家族がお金持ちであるとか、親が有名な画家とかなにか他の要因があると思います。ですから本当に一人で立って絵描きとして仕事をし家族を作り暮らしている方は人間関係、仕事のやり取り、その他もろもろアートに直接関係無いところでも、簡単に想像出来ない様々な努力をしているのだと思います。



 世間でアーティスト=なんか楽しそうで好きなことをしていると思われているとしたらその方たちにとても失礼です。人に真似できない技術と精進と社会との格闘なくして何事もなせません。それは他の職業と同じことなのではないでしょうか。好きなことしようとして、自己表現だと言って、回転寿司でがりを食べ散らかして投稿するのもアートというのでしょうか?違うと私は言いたいのです。



 もちろんこの例は極論で、「一億総アーティスト」と唄っている人の多くちゃんとした考えを持っていっていると信じたいです。ですが、ただ人を笑わせたり驚かせたりするだけがアートではありません。もっと深く心に寄り添い支えていくものもアートの力です。それは形がない感情だけに本当に作り出すのが難しい力です。ですから簡単に「アーティスト」という言葉を使ってはいけないしなれると考えたり冗談で言ってほしくないのです。